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■ 本気でやろう!
みなさんお元気ですか? いよいよ2002年福岡青年会議所が動き出します。 さぁー 本気でやろう! いい汗かこう!
まず最初に、私は皆さんにそう宣言します。「福岡」はいにしえに鴻臚館を築き、外国からの客人を迎え、もてなすという歴史的遺産を受け継いだまちです。本来このまちに生きる人々の心には、そういったおもてなしの心、ホスピタリティの精神が息づいているはずです。ホスピタリティこそ、迎えるべき50周年/JCI世界会議誘致に必要な精神です。そして又絶好のチャンスでもあります。このまち福岡に、もう一度本当のホスピタリティの精神を根づかせ、この精神が我々一人一人に宿った時、きっとこのまち、福岡はもっとグローバルに誇れるまちになるでしょう。
きれいごとを並べてみても意味がありません。でも厳しい現実に隠れて、目を伏せていてもJCの醍醐味は味わえないでしょう。一人一人の「少し無理する」気持ちが、集まれば「夢」が「力」に変わります。
Making a Fukuokan Dream! 新しいこの1年を、本気でやってみましょう。
福岡青年会議所は戦後の傷跡が残る1953年に地域の復興を願う青年経済人によって設立されました。以来、幾多の先輩たちが、それぞれの夢を追いかけ、ある時はその夢を実現し、またある時は志半ばに、その夢を後輩へと託しながら歴史を積み重ねてきました。
そうやって、過去にいくつもの素晴らしい事業が行われてきたことは、皆さんもよくご存じの通りです。 我々は夢を抱く存在であり、その実現の為に行動する存在です。私の好きな言葉「変革の能動者たらんとする青年」とは、まさにそのような存在であるはずです。
何かを始める時には、必ず跳び越えなければならないハードルがあります。そのハードルに、あえて挑戦する時、そこには反発と協調が生まれます。
議論の末に訪れた調和が持つ、何物にも変えられない力を、皆さんも知っているでしょう。多くの先輩たちが不可能を可能に変えていったように、我々も挑戦しようではありませんか。夢の向こう側に何が待っているのか、一緒にその答えを探しに出掛けましょう。
私は皆さんに決して安易な道を保証はできません。約束できることは一つだけです。もし皆さんの誰かが、悩んでいる時、困難に直面した時、私は必ず呼びかけます。
「May I help you ?」「何かお手伝いしましょうか?」と。 この一年、我々が大切にして行かなければならない言葉です。そしてこのまちをきっとホスピタリティ溢れるまちに変えてくれる言葉なのです。
■ 見果てぬ夢を追い続けて
福岡青年会議所は、誕生して間もなく50年目を迎えようとしています。50年という歴史の積み 重ねがもつ意味は何でしょう?そこには先輩の、メンバーのどんな想いが詰まっているのでしょう。そして何よりもこの先、福岡の未来の50年に向けて、我々はどのような提言をしていけば良いのでしょう。我々には、その答えを探す大事な責任があります。設立当初、まだまだ社会的インフラが不十分であった時代、青年会議所は文字どおり豊かな社会の創造をめざしていました。時が流れ経済的発展を遂げた今、豊かさの意味は物質的なものから精神的なものへと変化してきました。
しかし変わらないものもあります。それは「夢」の「力」です。いつの時代も青年会議所は見果てぬ夢を追い続けていました。そしてその「夢」を「力」に変えることこそが、我々JCの持つパワーの源に外なりません。今求められている青年会議所とは何か?もう一度一人一人が真剣にこのことを考えてみなければなりません。こんな時代だからこそ、我々は真っすぐに前を見つめなければならないはずです。50周年を迎える今、我々は過去を見つめ、さらに未来を見つめましょう。これは節目を迎えた
我々に課せられた最も重要な責務です。
■ 見果てぬ夢の向こう側へ
1970年福岡の地にて行われたJCI福岡コンファレンスの挨拶で、当時の理事長、田中丸先輩はこうおっしゃいました。
「あとは世界会議が残っている。きっと後輩達が、その夢を実現してくれると信じている」 それから31年、我々はついにその国内ビット権を獲得し、JCI世界会議開催に向けて大きな一歩を踏み出しました。かつて、はるか遠くにあった夢が、もうすぐ現実のものになろうとしています。私はこのJCI世界会議を単なるお祭りに終わらせたくありません。
世界中からまだ見ぬ仲間たちが福岡のまちに集う。このことはいったい我々とこのまちにどのような変化をもたらすのでしょう。この会議を本当の意味で成功させる為に我々はどんなことを成し遂げればよいのでしょう。
「May I help you ?」この言葉の持つ力を知る時、その答えは見つかるはずです。そしてその為には、まず我々が「ホスピタリティ」の心を知る必要があります。我々一人一人にこの精神が宿った時、おもてなしの心は、福岡のまち全体を取り込む大きなうねりとなっていくことでしょう。JCI世界会議が終わった時、その精神がこのまちを包んでいれば、間違いなくこの国際会議は成功したと言えるはずです。胸を張って後に続くメンバーに世界会議の成功を語れるよう、今我々はしっかりとした目的意識をもってその準備にあたる必要があります。かつて見果てぬ夢であった「JCI世界会議」へ、そしてその向こう側へ、力を結集しようではありませんか。
■ もう一度 原点をみつめて
長引く不況と世情不安、今我々を取り巻く環境は暗く沈んでいます。このことは今更繰り返すまでもないでしょう。こんな時代に、我々青年会議所が発信しなければならないメッセージは何でしょう。日本には古くから「己を律する」思想がありました。隣接する他国に対して軍事力の対抗で国を保ってきた歴史を持つ欧米諸国とは違う、日本独自のものです。武力によってではなく、「個の修身をもって国家に和をもたらす」。自分自身を正し、家庭をよく治め、教育を怠らない。各自のそうした姿勢の積み重ねによって国を治めようとする思想です。鎖国時代の日本を紹介した異国人の書物には、この思想を見事に体言した当時の日本人の姿を見ることができます。「貧しいが、礼儀正しく、誰もが気高く、いつも笑っている」。そこには戦後の我々が忘れてしまった、見事な日本人の姿が描かれています。
社会の思想の原点にあるのは「我が家」です。家庭で行われる日常の会話やしきたりの中に、日本人は自然と「修身」の思想を取り入れてきました。戦後、「男女平等」や「平和教育」の観点から、「我が家」を教育の現場と考える思想は敬遠され、いつしか我々は物質的な豊かさと引き換えに、この発想を見失ってしまったように思えます。しかし教育問題が取り沙汰されるようになった近年、ようやくこの「我が家」の価値が見直され始めています。
今この国に必要なのは原点に戻り、「個」と「公」の調和のとれた社会の実現ではないでしょうか。 我々はこの発想のもと、「個」へ「公」へもう一度視点を向ける時、必ず何かに気づくはずです。そしてその気づきが、やがてこの福岡のまちをこの国を変えていくに違いありません。
■ Dream comes true!
最後に、私の夢見る未来のストーリーをご紹介しましょう。この話はもちろん作り話ですが、5年後あるいは10年後の近い未来に、こんな夢をみられたらいいなと思っています。
200X年
街角に立つ一人の外国人。不安そうに地図を見ている彼に不意に話し掛ける少年がいた。「May I help you
?」決して流暢ではないが、笑顔で心のこもった言葉だった。 一瞬にして外国人の不安は消えた。少年は、アジア太平洋こども会議イン福岡で多くの外国人との出会いを経験し、知らない内に本当のホスピタリティを学んでいた。こうして誰も知らない、しかし本当の草の根国際交流が始まった。
20XX年
それは、永遠にも思える時間だった。あと1分!試合を見つめるサポ−タ−の熱狂的な声援もいつしか祈るようなどよめきに変わり、博多の森球技場を包み込んでいる。
あと30秒!特設モニタ−の前に詰め掛けた市民も思いは一つ。その瞬間を、固唾を飲んで見守っている。そしてその時は来た!長いレフェリ−のホイッスルが響く。歓喜の輪が、このまちいっぱいに広がりやがて熱狂の渦へと変わる。長く低迷した福岡のプロサッカーチーム、アビスパ福岡、リ−グ優勝の瞬間であった。
チ−ムを優勝へ導いた原動力は新加入の外国人選手。そんな彼の活躍を満足げに見守る男がいた。彼はJC在籍時、JCI世界会議に参加した一人の外国人と出会った。福岡のまちを案内しながら、二人は友情を育んだ。別れ際に友人は言った。「必ずもう一度、私の息子を連れてこの町に来ます」。その言葉どおり、彼の息子は福岡にやって来た。アビスパ福岡を勝利に導く助っ人として。
もし二人の出会いがなかったら、この優勝はなかったかもしれない。 勿論、彼はそのことを口にはしない。ただあの時の素晴らしい出会いと友情をかみしめていただけだった。
我々は「夢」がなければ生きていけない。
「夢」を実現しようと結集した我々の名は、JAYCEE。
福岡の元気の源たらんとする若者である。 福岡のまち、こども、そして未来の福岡ために、
夢をかたちに!
「May I help you ?」
一年間、私は皆さんに呼びかけ続けます。
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